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歴史

 

現在の大阪市の基である大坂の町は、飛鳥時代の難波長柄豊崎宮や、住吉津、難波津を起源に持つ港湾都市でした。

住吉津や難波津では、大和朝廷が遣隋使や遣唐使を送りだし、返答使の向かい入れを行う国際港でした。

 


1583年、豊臣秀吉が大坂城を築き、その城下町を政治.経済の中心地としました。

大坂夏の陣で豊臣秀吉が滅び、大坂は一時的に衰退しましたが、江戸幕府の再建策により、大坂城は再建され、河川の改修や堀の開削が行われました。

諸藩も大坂に蔵屋敷を置き、蔵屋敷へは年貢米が水路にて運ばれました。そのため八百八橋と名がつくほど橋と水路の多い町となりました。

こうして水の都として再建を果たした大坂は日本全国の物流が集中する経済・商業の中心地となり、「天下の台所」と呼ばれるようになりました。

 

 

江戸時代中期には「大坂」と「大阪」が併用されるようになり、明治維新後の1868年、新政府はもとの大坂三郷に大阪府を置き、その頃「大阪」が正式表記となりました。

1889年、市制施行により大阪府管内の大阪市となりました。大阪市はその後、周辺の町村を合併し、1925年にほぼ現在の領域に広がりました。

その後、明治維新直後には、大名貸の貸し倒れや金納化により大阪の経済は大打撃を受けましたが、経済産業の近代化と共に徐々に西日本の経済の中心となっていきました。

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